SWEET DECAL No.33 零戦21型 第3航空隊(ラバウル派遣隊 黄(第2)中隊)

第3航空隊は、昭和17年8月7日ガダルカナル島の攻防戦が始まると増援部隊としてラバウル進出を命じられ、零戦21型、21機と搭乗員名27名の3空戦闘機隊、ラバウル派遣隊は9月17日ラバウルに進出した。当時の戦闘機隊の編成は一小隊は3機で、一中隊は3個小隊の9機からなる。派遣された21機は2個中隊分の18機と予備機の3機分に相当する。3空戦闘機隊の第一中隊は相生高秀大尉が率い、第二中隊は分隊長(中隊長)の山口定夫中尉が率いた。3空ラバウル派遣隊は第一中隊が「赤色」、第二中隊は「黄色」の識別帯を胴体後部に描いていたと推定される。

ラバウル東飛行場にて撮影された3空のX-169号機は胴体と垂直尾翼に、それぞれ1本の黄色の帯が描かれている。また検閲で機番が消されているが胴体と垂直尾翼に、黄色帯2本の長機標識を記入した機体写真が存在する。この機体は第二中隊分隊長、山口定夫中尉の機体と思われる。デカールセットでは、山口中尉の機番は推定でX-161とし、X-169号機と2機分を用意しました。

【3空戦闘機隊 分隊長 山口定夫中尉、ガ島上空の闘い】

昭和17年10月3日、鹿屋空 伊藤俊隆大尉の指揮下、3空戦闘機隊の零戦21型、9機は分隊長、山口中尉が率いてガ島上空制圧に出撃。山口中尉の小隊は敵機3機を撃墜したが、山口中尉は機体に被弾してガ島北岸に不時着した。その後、味方の地上部隊に救出されて無事ラバウルに帰還を果たした。

余談だが当日出撃した3空戦闘機隊の伊藤清一飛曹と大住文雄一飛曹は、中島製零戦の燃料切り替えコックの故障(折損)が原因で燃料切れとなり不時着/水している。両名とも味方に救助され、その後ラバウルに生還する九死に一生を得る体験をしている。

● 参考文献 ● 神立尚紀 著【零戦 最後の証言】光人社 1999年刊行

【パッケージ】
口紙(ヘッダー)袋詰め吊るし

【セット内容】
1/144スケール 零戦22型1機分・カラー塗装図・取扱説明書・高品質デカール(イタリア カルトグラフ社製)
※ 日の丸デカールも入っています。
型番 14-D033
販売価格
864円(税64円)
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