SWEET DECAL No.30 零戦21型 第3航空隊(ラバウル派遣隊 飛行隊長 相生高秀大尉機)

【指揮官先頭!】に徹した第3航空隊 戦闘機隊飛行隊長 相生高秀大尉

昭和17年8月7日ガダルカナル島の攻防戦が始まり、戦闘が激化するとソロモン方面の航空兵力の増強が図られ日本海軍航空隊の前線基地ラバウルへの戦闘機、攻撃機の増援部隊の移動が命じられた。戦闘機隊では、それまでの台南空と2空に加えて鹿屋空、元山空、6空、そして3空の戦闘機隊が加わり通称「ラバウル戦闘機隊」が出来上がった。

3空はラバウル派遣隊として零戦21型を21機と搭乗員27名が戦闘機隊飛行隊長、相生大尉の指揮の下、9月17日ラバウルに進出した。以降、ガ島への輸送の援護作戦や爆撃機隊の直衛任務に従事して敵戦闘機の撃滅戦を開始した。ソロモンの制空権を確保する、ほぼ連日のラバウルとガ島間、往復約2000キロの過酷な反復攻撃を約2ヶ月間行った後、11月末に派遣隊はセレベス島ケンダリー基地の本隊に帰還した。

3空は11月1日付けで202空と改称されて、この後、オーストラリア北部、ダーウィン等に進攻して、迎え撃つ豪空軍のスピットファイアー戦闘機と幾度も空戦を交えたが、常に3空(202空)戦闘機隊が、豪空軍側を上回る戦果を挙げて圧勝した。相生飛行隊長はラバウル派遣、ダーウィン進攻時とも常に陣頭指揮を執り、日本海軍戦闘機隊の名指揮官の一人に挙げられている。

デカールセットには、相生飛行隊長機と隊長の補佐役で2番機を務めた、公認撃墜数10機以上を挙げた橋口嘉郎2飛曹の機体番号がセットされています。胴体と垂直尾翼に描かれた赤帯は 3空1中隊1小隊を表し、相生飛行隊長機には、それぞれ1本長機標識が追加されています。

ちなみに相生隊長と橋口2飛曹の3空以降の経歴を見ると、相生隊長が18年4月、3空(改称して202空)から大分空の飛行長に転出すると橋口2飛曹も6月に大分空に転出する。18年8月母艦部隊の601空の飛行長になると橋口も12月に601空に移り、「空母 翔鶴」戦闘機隊の先任搭乗員として練成に当っている。3空時代から苦楽を共にした両者の厚い信頼関係が垣間見られる。

【パッケージ】
口紙(ヘッダー)袋詰め吊るし

【セット内容】
1/144スケール 零戦22型1機分・カラー塗装図・取扱説明書・高品質デカール(イタリア カルトグラフ社製)
※ 日の丸デカールも入っています。
型番 14-D030
販売価格
864円(税64円)
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